「やっぱり獄寺君かな?」
「あたしはねー…山本君がいい!」
授業の終わった教室でのんびりと帰り支度をしていた綱吉は、ふと耳に飛び込んできた聞きなれた名
前に顔をあげて、声のしたほうに視線を向けた。
教科書や筆記用具をカバンに仕舞いこみながら、そっと窺い見ると、クラスの女の子たちが数人で集
まって楽しそうに話をしていた。
「私も山本君かなぁ…。獄寺君もいいけど、やっぱりちょっと怖い感じがするんだよね」
「そうだけど…でも、そこがいいのよねぇ…」
きゃいきゃいとはしゃぎながら、自分の友人たちのことをあれこれと話している彼女たちの意図がつ
かめずに、綱吉は不思議そうな顔をする。
様子からして悪い話題ではなさそうだとは分かるものの、やはり大切な親友たちのことが話題に上っ
ているのが気になってしまって、ただでさえゆっくりだった綱吉の手は、もうほとんど止まりかけて
しまっている。
彼女たちの話に聞き耳を立てながら、ちらちらと盗み見ていると、話が聞こえたのか、別の女の子が
明るい声で話しに加わった。
「…ねぇ! もしかして明日の話!?」
「うん!」
その問いかけに、話しこんでた女の子たちは、それぞれ大きな瞳をキラキラと輝かせて、花のような
笑顔を浮かべて。
そうして。
お互いに一度顔を見合せて、可愛らしい声をそろえて。
「バレンタインだもん!」
と、にっこりと微笑んだ。





Lovely heart






見事に声をハモらせた彼女たちの言葉に、ああそうか、と思わず納得した綱吉は、親友たちの姿をぼ
んやりと思い浮かべる。


──2人ともカッコイイからなぁ…。


きっと明日はたくさん貰うんだろうな、と思いながら、こっそりと溜息を吐きだした。
女の子たちの明るい話声を聞きながら、ちまちまとしていた帰り仕度も無事に終わった綱吉は、緩慢
な動作で席を立つ。
いつもなら帰りに声をかけてくれる親友2人は、今はいない。
綱吉の側でにこにこと笑顔を絶やさない山本は、野球部の練習があるからと早々に教室を出て行った
し、転校してきてから常に綱吉を守ろうとしてくれている獄寺は、武器の仕入れがあるのだと言って
帰りに一人になってしまう綱吉を心配そうに見つめていたから、自分なら大丈夫だからと苦笑交りに
送りだしたばかりだ。
不安そうに見つめてくる獄寺に、家庭教師から常に持たされているミトンと丸薬を見せて、苦笑を滲
ませて。
そうして、これから応接室に行くのだ、と告げれば少しだけおもしろくなさそうな顔をしていたけれ
ど。
その時の彼の顔を思い出して、思わず苦笑を浮かべて。
「私、気になってるひといるんだけど、どうしようか迷ってるんだよね…」
「えー? 誰よぉ? 気になってるなら渡しちゃえばー?」
「そうよー。せっかくバレンタインなんだし!」
楽しそうに話す彼女たちの会話を聞きながら、ゆっくりと教室の扉に向かう。
応接室で風紀の仕事をしているであろう恋人の邪魔をしないためにも、逸る気持ちを押さえて、でき
るだけゆっくりと歩いて行く。
「ほら! 誰なのかいいなさいよぉ」


──バレンタイン、かぁ…。


ダメツナなんて呼ばれてる自分には無縁のイベントだと思っていたバレンタイン。
それがこんな形で参加することになるとは思ってもいなかった。


──ヒバリさん、受け取ってくれるかなぁ…。


京子やハル、ビアンキが作ってくれたものを貰ったことはあるけれど、好きな相手に自分からあげる
ことになるなんて想像もしていなかった。
その相手が自分と同性だというだけでも驚きなのに、学校どころか、街中から恐れられているあの雲
雀恭弥なのだから、クラスメイトにでも知られようものなら大騒ぎだろう。
「さっさと言っちゃいなさいよ!」
「…笑わないでよ…?」
賑やかな彼女たちの声に、ちらり、と視線を向けると、今まさに告白しようとしている女の子に向か
って、他の子たちが大きく頷いているのが目に入る。
誰に憚ることなく好意を寄せる相手を打ち明けられる彼女たちをほんの少し羨ましく思いながら、綱
吉は教室の扉に手をかけた。
想いを寄せる相手が同性でありながらも想いが通じ合った自分は、とても幸運で幸せなのだと分かっ
てはいても、周りに公表できるような関係ではないことは確かで。 自分はいいのだ。
なんと言われようと、何をされようと、いじめにも中傷にも慣れている。
けれど。


──みんなから、ヒバリさんがそんな風に見られるのは嫌だし…。


あの雲雀恭弥に、面と向かってそんなことをいうような人間はいないだろうけれど。
陰でこそこそと囁かれるのも不愉快であることに違いはない。


──だから、絶対みんなにバレないようにしなくちゃ…。


秘かな決意を固めた綱吉は、軽く腕に力を入れて扉を開ける。
人影もまばらな廊下は、教室と違ってひんやりとしていて。
その温度差に、一瞬身を竦めて。
耐えるようにきゅっと口を引き結んで、静かな廊下に足を踏み出した。
けれど。
「笑わないから言ってみなって!」
「うん…あのね…風紀委員のひとなんだけど…」
明るい女の子たちの会話を背中で聞きながら、後ろ手に扉を閉めようとしたときに聞こえてきた単語
に、思わずぴたりと動きを止めた。
閉まりかけた扉の隙間から教室を覗き込んで、彼女たちに視線を向ける。
ほんのりと頬を染めて、幸せそうに小さな笑みを浮かべた女の子が、声を潜めて。
「…雲雀恭弥さん…なんだけど…」


──…ぇ…。


囁くように、呟くように。 とても愛しそうに呟かれた名前は、綱吉にとっても、とても大切なひとの名前で。
驚いたように瞳を見開いて、恥ずかしそうに微笑む彼女に視線が釘付けになる。
周りの音は書き消えて、頭の中は真っ白で。
時間さえも止まってしまったような感覚の中、無意識にそっと教室の扉を静かに閉ざした。










いままで考えたことがなかったわけではないけれど、改めて突き付けられるとどうしていいのか分か
らなくなる。


──ヒバリさんは…ほんとにオレなんかでいいのかな…。


同性と付き合っている、なんて。
もし、周りに知られたりしたら、雲雀に迷惑がかかるのではないだろうか。
人に言えないような自分との関係ではなく、ちゃんと可愛らしい女の子と付き合った方がいいんじゃ
ないだろうか。
そうは思っても、自分の中にあるこの想いを消すことなんてできなくて。
夕闇の迫る並盛の街を歩きながら、隣を歩いている雲雀をちらりと伺い見る。
いつもの学ランの代わりにYシャツの上からベストを着て、漆黒の瞳でまっすぐに前を見つめている
雲雀は、隣を歩く綱吉に合わせて、かなりゆっくりとした歩調で歩いている。
身長差のせいもあって、雲雀が普通の速度で歩いてしまうと、小柄な綱吉はどうしても遅れがちにな
ってしまう。
だから、綱吉といるときだけ、雲雀は隣の少年の歩調をときどき確認しながらゆっくりと歩くように
なっていた。
そんな優しさが嬉しい反面、一度根付いた不安はなかなか拭うことはできなくて。
応接室で風紀の仕事が終わるのを待っている間も、こうして一緒に帰っている今も、綱吉の表情は曇
りがちで。
口数も極端に減ってしまっていた。


──さっきの子みたいに…怖がってるけど…本当はヒバリさんのことを好きな女の子ってたくさんい
  るのかな…。


瞳をきらきらと輝かせて、けれどほんの少し不安そうな顔をしながら、雲雀のことを告白していた彼
女のことをふと思い出した綱吉は、盗み見ていた恋人の横顔から視線を逸らして俯いてしまう。
「…綱吉? どうかしたの…?」
すると、その様子に気づいた雲雀が、心配そうな顔をして下を向いてしまっている綱吉の顔を屈みこ
むようにして覗き見た。
綺麗な漆黒の瞳に心配そうに見つめられたことに驚いて、綱吉は大きく瞳を見開いて。
慌てて大きく首を振って。
「…っいえ! なんでもないですよ?」
思わず足を止めて、何でもないのだとにっこりと笑顔を浮かべた。
自分の中でだけ悩んでいないで、雲雀に直接確かめてしまえばすっきりするのだろうとは思う。
尋ねればきっと…、『そんなこと考えてたの』と溜息でも吐きだして、『仕方ないね』と苦笑いでも
浮かべて否定してくれるだろう。
だけど。


──ヒバリさんが否定しても、ヒバリさんのことを好きになるひとは他にもいるだろうし…。


そして、その中には自分よりも雲雀にふさわしい…可愛らしい女の子もいるのだろうと思ってしまう
と、考えても埒の明かないことだと分かっていても、思考はぐるぐると同じところを回ってしまう。
「…君ね…。僕にそんな嘘が通るとでも思ってるの…?」
「…っ」
綱吉に合わせて立ち止まった雲雀は、切れ長の瞳に微かな怒りの色を浮かべて、溜息と一緒に言葉を
吐きだした。
その言葉に思わず息をつめて。
じっと自分を見つめてくる漆黒の瞳に耐えかねたように、綱吉はその視線から逃げるように俯いてし
まう。
その様子に、軽く目を閉じて、重い溜息を吐きだした雲雀は、ただじっと地面を見つめ続ける小柄な
恋人の頭をくしゃりと撫でた。
ふいに感じた温かな手の感触に思わず顔をあげると、目の前には、苦笑いを浮かべた雲雀の顔があっ
て…。
「…っ、ヒバリさん…っ」
それに驚いた綱吉は、まるでキスでもしそうな距離にある雲雀の綺麗な顔から、背を逸らすようにし
て距離をとって、真っ赤になった顔で恋人の名前を呼んだ。
「別に怒ってるわけじゃないから」
そんなに怯えないでよ、と愛しさと寂しさの入り混じったような複雑な表情で、蜂蜜色の瞳を見つめ
て…。
「何を考えてるのか知らないけど、抱え込まないで僕に話して欲しいだけだよ…」
そうして、そっと綱吉の頬を愛しそうに撫でて。
その優しさにふいに泣きたくなった綱吉は、慌てて俯いて、潤みそうになる涙腺に何度も瞬きを繰り
返して。
そうして。
雲雀にこれ以上なにか言われる前に、と勢いよく顔をあげて、にっこりと微笑んで。
「ほんとになんでもないですってば! オレ、ちょっと用事あるんで先に帰りますね!」
そう言って、ペコリ、とお辞儀をして。
「ちょ…、綱吉!?」
慌てて呼び止める雲雀に背を向けて、勢いよく駆けだした。





息を切らせて夢中で走って。
この燻るような不安をどこかに置き去りにできればいいのに。
けれど。
どんなに走っても、影のようにぴったりと纏わりついてくるものを振り切ることはできなくて。
荒い息を整えることもしないまま家に飛び込んで、不安を抱えたまま部屋の扉をぱたりと閉ざした。
ひんやりとした扉に背中を預けて、蜂蜜色の瞳を閉ざして大きく肩で息をして。
ゆっくりと息を整えながら、そっと瞳を開く。
すっかりと日は沈み、照明のついていない部屋は真っ暗で。
微かに窓から差し込む月明かりだけが、ぼんやりと室内を照らしだしていた。
大きく深呼吸をして、ゆっくりと机に向って歩いて行く。
冷たい机にそっと触れて、ゆらり、と瞳を揺らす。
そうして。
ほんの少し迷った後に机の引出しを開けると、綺麗に包装されているものが目に入る。


──…これ…どうしようかな…。


小さく息を吐きだして、そっとそれに触れる。
雲雀のために、と買って来たのはいいけれど、昼間の女の子のように明日に賭けている子たちもたく
さんいるのだろうと思うと、男の自分が渡すのは何となく引け目を感じてしまって。


──ヒバリさんのことだから、ちゃんと受け取ってくれると思うけど…。でも…。


他の子たちからのも受け取るのだろうか、と不安になってしまう。


──会ったばっかりの頃のヒバリさんだったら、他の子のも…オレのも…受け取ったりしないだろう
  けど…。


最近の、というより、綱吉と付き合うようになってから、雲雀はずいぶん他者に対して優しくなった
と綱吉は思う。
以前なら、群れているのを見かければ相手が誰であろうと咬み殺していたのに、最近の雲雀は、綱吉
の前では無暗に他者を傷つけるようなことしなくなっていた。


──誰かがケガするところなんて見たくないから、それはいいんだけど…。


そんな雲雀の変化に周りが気付かないはずがなくて。
あちこちで…、特に女の子の口から雲雀の名前を聞くことが多くなってきているのも事実で。
そのたびに、忍び寄ってくる不安と罪悪感に気付かないフリをして。


──ほんとにオレなんかでいいのかな…。


何をしてもダメで、いいところなんて特になくて。
可愛くもなければかっこよくもなくて。
しかも男で。
そんな自分が雲雀の隣にいて本当にいいのだろうか、とひたすら自問自答を繰り返している。
けれど、結局自分の中には答えはなくて。
思考の迷路に迷い込んでしまって、身動きが取れなくて。
答えは…きっと、雲雀の中にあるのだろうとわかってはいても、問いただす勇気もないまま不安を抱
えて…。
引出しの中にある綺麗な包みを見て、はぁ、と溜息を吐きだした綱吉は、暗く沈んでいく思考を振り
切るようにふるふると頭を振って、仕舞われていたそれを取り出そうとそっと触れて、けれど、やっ
ぱり雲雀に渡すことは躊躇われて、そのまま手を放して静かに引出しを閉めた。





-continues-


急ピッチで進めてきたバレンタイン作品がようやくできあがりました!
なんだかまたしても長くなってしまったので2分割です…-.-;
それにしても…。
なんだか最近書く文章のほとんどが【ほんのり切ない系】になってしまっている気がします^^;
せっかくのバレンタインだし、もっとほんわりした感じのものにしようと思っていたのに…
できあがってみたらこんなことになってました><
2009.2.12

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